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東京地方裁判所 昭和30年(行)24号 判決 1960年3月17日

原告 宮田八重 外一名

被告 東京国税局長

訴訟代理人 真鍋薫 外二名

主文

被告が昭和二十九年十二月一日付にてなした、原告らの先代訴外亡宮田郷五郎の昭和二十五年分同二十六年分、同二十七年分の各富裕税についての審査の請求をいづれも棄却する旨の決定は、これを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

当事者双方の申立、事実上の主張及び証拠関係は別紙記載の通りである。

理由

一、請求原因第一、第二項記載の各事実は、いづれも当事者間に争いないところである。右認定の、京橋税務署長のなした各更正処分は、請求原因第三項記載の土地の借地権を郷五郎が有するものとして該借地権価額を課税価格に算入してなされたものであることも、又当事者間に争いない事実であるところ、原告らは、郷五郎は本件各富裕税の課税時期においては右借地権を有していなかつたと主張するので、先づこの点について判断する。

郷五郎が前記土地をその所有者たる訴外善野及び同青地から賃借し、その地上に原告主張の通りの建物を所有し、この建物を訴外株式会社三越に賃貸していたところ、右三越が昭和二十三年右郷五郎が賃借中の土地をその所有者等から買受け、これが所有権を取得したものであることは当事者間に争いない事実であり、成立に争いない甲第四、六号証、証人岡誠雄、同横森富義各尋問の結果によると、右認定の経緯によつて、訴外株式会社三越は、郷五郎に対し右土地賃貸人たる地位を取得したが、その後昭和二十四年九月上旬頃にいたり、認定の郷五郎と訴外青地外一名との右土地賃貸借が同年八月末日をもつて期間満了するものであつたこと、その他の事情もあつて、郷五郎から右訴外会社に対して右土地賃借権を返還したい旨申入れ、訴外会社も右申入れを承諾し、同年九月分以降の土地賃料の支払いはなされていないこと(この賃料が支払われていないことは争いない)を認めることができ、右認定の事実関係によると、本件土地に対する訴外株式会社三越と郷五郎との間の賃貸借は、昭和二十四年九月上旬合意解約されたものというべきであり、右認定を左右し得る証拠も、又他に郷五郎が同年九月以降右土地上に借地権を有していたと認めるべき証拠もない。

そうすると、本件各富裕税の課税時期(昭和二十五年末、同二十六年末、同二十七年末)においては、郷五郎は前記土地賃借権を有していなかつたのであるから、右各富裕税の課税価格に右借地権の価額を算入すべきでない。

二、次に被告は、仮に郷五郎が右借地権を有せず、従つてこの借地権価額を本件各富裕税課税価格に算入することは誤りであるとしても、富裕税の課税は納税義務者の有する財産の総額に対して課税するものであるから、郷五郎の有していた財産の価額の総額が本件更正処分にかかる課税価格を上廻るときは、当該処分は維持されるべきものであつて、郷五郎所有の前記建物の価額のみでも、右課税価格を超えるものであるから、本件各更正処分は違法でないと主張する。

本件においては、当初本件各課税価格の算出の基礎となつたところの郷五郎が有していた財産及びその価額は、右借地権及びその価額を除いた他のものについては、別表第一ないし第三の「更正決定による価額」欄に記載の通りであること、及び右建物の評価額は、昭和二十五年は金二〇、三六六、六四〇円、同二十六年は金二六、一三七、一八八円、同二十七年は金三二、〇七七、四五八円であることは当事者間に争いなく、争点は、右借地権の存否及びこれが評価額の適否にのみあつたところ、昭和三十四年十月七日午前十一時の口頭弁論期日において、はじめて被告が前記主張をなすに至り、原告はこの主張が不当であると争うところである。

ところで、富裕税の課税においては、納税義務者の有する財産の価額の総額を課税価格として課税するものであり、その課税の当否は、終局においては課税価格の当否で決すべきものであり、個々の財産の帰属の認定の当否によつてこれを為すべきでないことは、被告主張の通りであつて、課税処分をなす当時、税務官庁が認定した課税価格の基礎となるべき事実(個々の財産の帰属、財産の価額等)と異つた事実を抗告訴訟において処分庁が主張することは、許されるべきものと解するけれども、一度訴訟の段階に至つた場合においては、行政事件訴訟特例法に定められた特別な手続以外は、民事訴訟法に規定された訴訟手続に従つて相互に主張立証されなければならず、民事訴訟法における自白に関する規定及びその他民事訴訟法上の諸原則は、抗告訴訟においても原則として適用されるべきものと解する。

そうして、本件富裕税の課税処分の正当性を主張する被告としては、その課税価格の正しかつたこと(或は納税義務者の財産価額の総額が課税価格以上であること)を主張立証しなければならないのであり、そのためには、その算定の基礎となるべき個々の財産の帰属のみならず、その財産の課税時期における価額(時価)をも主張立証しなければその意味をなさないのであつて、個々の財産の価額は、当該富裕課税の当否を直接左右する要素であるから、財産の価額についての主張は、税金訴訟においてはいわゆる請求原因事実に属する主張であり、自白の対象となるべきものと解する。(財産の或る時期における客観的妥当な時価がいくらであるかということは、単純なる事実でなく、評価という判断が加わつたものではあるけれども、民事訴訟法にいう自白の対象となる事実は必ずしも単純な事実のみに限らないものと考えるので、このことは税金訴訟において課税物件の価額の主張を訴訟上自白の対象となる事実に関する主張となすことの妨げとなるものでないと考える。)

そうすると、本件建物の価額について前記当事者間に争いなかつた価額は、本件の場合では原告がこれを援用したものというべきであつて、被告としてはこれに反する原告に不利な主張をすることは原則として許されないものといわなければならず、被告が右争いない建物価額を主張したことにつき、その主張が錯誤に基いたものであるとか、真実に反しているというような主張立証もなく(被告の右予備的主張において主張する建物価額は、鑑定人米田敬一の鑑定結果によつたものであるが、この鑑定の結果は、その内容から見ても又証人岡、同横森の各証言及び郷五郎と三越との間の前記認定の事実関係等に対比して見て必ずしもそのまま採用し得ず、これによつて直に本件建物の正当な価額が被告主張のとおりであると認定できない)一方原告は被告の右予備的主張自体を争つていることは前記の通りなのであるから、被告の右予備的主張は既に自白した事実に反する事実の主張であり、これを主張することはできないものというべきである。

仮りに被告の右主張が自白の対象とならないとしても、右主張のなされた時機及びこの主張のために更に原告として新な主張立証をなす必要を生じたこと、ひいては裁判の審理も長引くことになる点等を考えると、被告の右主張は民事訴訟法第一三九条に則り許されないものと解する。

三、以上説明した如く、本件各富裕税の課税価格には本件借地権の価額を算入すべきでなく、これを算入してなした本件各更正処分は、少くとも右借地権の評価額(各係争年分の各課税価格に算入した右借地権価額は別表第一ないし第三記載の通りであることは当事者間に争いない)相当額の各課税価格を認定してなした部分は違法であるというべきであり、(別表第一ないし第三の更正決定による各課税価格から、同表の各借地権価額を差引いた額が、適法な各年分の課税価格である)、この違法な各更正処分を認容した被告の本件各処分は違法であるから、これを取消すべきである。よつて、原告らの請求は全部理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 石井玄)

(別紙)

(申立)

一、請求の趣旨

(一) 原告らの先代訴外亡宮田郷五郎の昭和二十五年分乃至同二十七年分の富裕税につき、右訴外人がなした審査請求に対し、昭和二十九年十二月一日付にて被告がなしたる右審査請求を棄却する旨の決定はこれを取消す。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告の申立

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(事実上の主張)

第一、請求原因

一、訴外亡宮田郷五郎は昭和三十一年十二月二十六日死亡し、原告八重(郷五郎の妻)及び原告善二郎(同長男)は共同してこれが遺産相続をなした。

二、右郷五郎は富裕税法に基く富裕税について、所轄京橋税務署長に対し、

(1) 昭和二十六年三月二十二日に昭和二十五年分の原告の富裕税課税価格を金五、二〇四、〇〇〇円と申告し、同二十七年二月二十七日同じく二十六年分の富裕税課税価格を金一一、二五四、九一八円と申告したところ、同税務署長は同二十八年八月三十一日付を以て右課税価格を昭和二十五年分につき金二〇、二九二、七〇〇円と、同二十六年分につき金二一、〇〇八、一〇〇円と各更正決定し、その頃郷五郎は右各決定の通知を受けた。これに対し、郷五郎は同二十八年九月二十九日右各決定に対し異議を申立てたが同年十月九日棄却され、その頃その通知を受けた。そこで更に、同年十一月四日被告に対し右各決定につき審査請求を為した。右各申告価格及び各更正決定価格の内容の詳細は別表第一及び第二記載の通りである。

(2) 昭和二十八年三月十三日昭和二十七年分の郷五郎の富裕税課税価格を金一五、二一三、四〇〇円と申告したところ、同税務署長は同年十一月三十日付にて右課税価格を金三五、二九六、二〇〇円と更正決定し、その頃、郷五郎はこれが決定通知を受けたので、同年十二月二十六日これが異議申立をなしたところ、同二十九年一月七日付で棄却され、その頃その通知を受けた。そこで更に、昭和二十九年二月六日被告に対し右決定の審査請求をなした。右申告価格及び更正決定価格の内容の詳細は別表第三記載のとおりである。

ところが、被告は昭和二十九年十二月一日付を以て、右各審査請求をいづれも棄却する旨の決定をなし、郷五郎はこの決定通知を同年同月三日頃受領した。

三、しかしながら、前記各更正決定は、郷五郎が既に有していない東京都中央区銀座四丁目一番地四宅地一一二坪三合六勺、及び、同番地五宅地四〇坪二合五勺、合計宅地一五二坪六合一勺の地上の借地権を、郷五郎が有するものとして、その借地権を課税価格中に無体財産として算入(昭和二十五年分は金一三、〇八五、九一〇円、同二十六年分は九、二八九、四三六円、同二十七年分は一七、七七六、〇〇〇円)された結果為されたものであつて、明らかに違法な更正決定であり、これを認容した被告の審査請求棄却の決定もまた違法であるから、取消さるべきものである。

四、郷五郎が前記宅地一五二坪六合一勺の借地権を有していなかつた理由は左の通りである。

(1) 前記宅地一五二坪六合一勺は中央区銀座四の一の四宅地二一一坪二合三勺(所有者訴外善野佐平次)の内一一二坪三合六勺と、同番の五宅地六八坪三合五勺所有者訴外青地四郎の内四〇坪二合五勺との合計にして、原告らの先々代が右各土地所有者から、木造家屋所有の目的で期間の定めなく賃借していたものであるが、前記郷五郎が昭和四年八月頃右借地上に鉄筋コンクリート造地下一階地上六階の建物(現在三越銀座現在三越銀座支店使用の建物の一部)を築造するに当り、前記土地所有者らより鉄筋の建物を建てるならば相当の権利金を出して貰い、相当長期の賃貸借契約にして貰いたい旨の申出があつた。しかし、当時郷五郎には資力なく、右建物の築造も、建物完成次第これを訴外株式会社二幸に賃貸することとし、その敷金名義の下に同訴外会社より建物建築資金相当額を出して貰い、この敷金は二十ケ年々賦で返済する約であつたので右敷金完済後である二十年後には、建物賃貸借の期間更新の時期でもあり、地主に対しても相当額の御礼が出来るから、その間権利金等の事は待つて貰いたい旨右各地主に懇請した結果、右土地の賃貸借契約を昭和四年八月より向う二十ケ年と約定し、右建物を築造してこれを前記二幸に賃借期間を同年八月より向う二十ケ年と定めて賃貸した。

(2) ところが、昭和十年頃訴外株式会社三越が二幸より右建物の賃借権の譲渡を受け、三越銀座支店として使用し来たつたが、その後、三越は右建物敷地を含む、前記銀座四の一の四、及び、同番の五の宅地合計二七九坪五合八勺を各土地所有者より買受け、銀座四の一の四の土地につき昭和二十三年二月二十日、同番の五の土地につき同年五月二十二日各所有権移転登記を了した。

(3) そこで、本件土地につき三越は賃貸人の地位を承継し、郷五郎は同社に対し引続き土地賃料の支払いをして来たが、郷五郎は右土地賃貸借は昭和二十四年八月末日の期間満了により終了するものとして、昭和二十四年七月頃口頭でもつて三越に対し、予め、右土地賃貸借は期間満了により同年八月末日を以て終了する旨、若しそうでなくとも、郷五郎は右期間満了の日に借地権を抛棄する旨申入れをなした。そこで、三越は右申入れに基き同年九月一日以降の地代を請求せず、郷五郎も又その支払いを為さず、ここに、同年八月末日を以て、郷五郎と三越との間の本件土地賃貸借契約は期間満了により終了したものであり、仮にそうでないとしても、同日合意解約されたものであり、その後、郷五郎は本件土地の賃借権を有しないものである。

右、四の主張が認められず、郷五郎が本件土地の賃借権を有していたものと仮定しても、本件土地借地権価額を課税価格に計上した被告の措置は、左記理由により違法なものというべきである。

(一)、郷五郎は本件借地上に前記三越に賃貸中の建物(地下一階地上六階延坪計九四〇坪七合三勺)を所有していたわけであるが、この建物についても富裕税を納付している。そうして被告は左記方法により本件借地権、及び、右建物の時価の算定をなしている。

(イ) 借地権

坪数

年度(152坪61の中)

賃貸価格

倍数

課税価額(円)

25

(1) 112坪36

(2) 40〃25

10,112円40×900

4,025〃00×990

13,085,110

26

(1) 〃

(2) 〃

〃×640

〃×700

9,289,436

27

(1) 〃

(2) 〃

〃×1242

〃×1296

17,776,000

(ロ) 建物

年度

坪数

賃貸価格

倍数

課税価額(円)

25

942坪90

84,861×240

20,366,640

26

〃×308

26,137,188

27

〃×378

32,077,458

右の通りであつて、本件借地権、及び建物の時価は、建物又は、土地の賃貸価格に一定の倍数を乗じて算出している。しかしながら、凡そ、建物の賃貸価格なるものは、建物の構造的価値のみに依つて算出されるものでなく、これに加えて建物の場所的価値、即ち、建物敷地の地代、市場性、発展性等を考慮の上算定されたものであるから、当然に敷地の有する借地権価格を包含して決定されているものというべきである(家屋税法第六条第二項参照)。従つて、かかる建物賃貸価格に一定倍数を乗じて算出された建物の時価中には、当然その敷地の借地権価額を包含せられているものというべきである。よつて、建物の時価として、その敷地の借地権価格を包含した価額を以て課税しているのにかかわらず、更に別個に右建物の敷地の賃借権について土地賃貸価格に一定倍数を乗じたものを借地権の価額として、重ねてこれに課税するが如きは、明らかに二重課税というべく、不当なものである。

(二)、更に前項の被告が算定の基準にした土地、建物の賃貸価値そのものも不当なものである。

(三)、富裕税の対象として借地権が取上げられる所以のものは借地権の持つ財産的価値の故である。そうであるならば、借地権の課税価格の評価は各借地権の有する具体的価値を以て評価されなければならず、前記のように、土地の賃貸価格に一定倍数を乗じて画一的に算定されるべき性質のものではない。そこで、本件借地権についてみるに、この借地上に存する前記建物は、前記の通り三越が賃貸使用中、昭和二十年五月戦災による火災にあい、殆んど建物としての効用を滅失する程度に迄毀損するに至り、原告においては、これが復旧の資力がなかつたところ、賃貸人たる三越において昭和二十四年末迄に数千万円を費して補修改装し、現在のような建物として使用しているものであり、右建物に対し、原告らの所有に属するのは、建物の骨格程度にすぎず、その余の部分は三越の所有に属するものにして、建物所有権の比率は原告が十分の二に対し、三越は十分の八の割合とも言うべきものであり、或は、むしろ建物所有権が原告にありや否やを疑われる程度のものである。したがつて、その建物賃料も昭和二十四年九月一日以降一ケ月金九万九千二百円という僅少額である。

従つて、このような建物を所有しその敷地を使用していたとは言うものの、郷五郎の右敷地の使用収益はその全体の価値の十分の二程度のものに過ぎないわけであるから、郷五郎の本件借地権の価額は、被告が認定した価額の十分の二に当る価額が相当である。

第二、請求原因に対する被告の認否、及び、主張。

一、請求原因第一、第二項は全部認める。同第三項中、原告主張の土地賃借権の価額を課税価格に算入し、その評価額が原告主張の通りであることを認めるが、その余は争う。

二、請求原因第四項の事実中、訴外郷五郎が昭和二十三年初頃訴外善野、及び同青地から本件土地を賃借していたこと、右地上に郷五郎が原告主張の建物を所有し、訴外株式会社三越が右建物を郷五郎より賃借していたこと、三越が本件土地を含んだ原告主張の土地を、原告主張の通りに買受け、これが所有権移転登記を了していること、郷五郎は昭和二十四年九月分以降の土地賃料を支払つていないことは、いづれもこれを認めるが、右土地の賃貸借が昭和二十四年八月末日期間満了により終了したとの点、及び右契約が合意解約されたとの点は争う。その余の事実は知らない。

三、請求原因第五項の事実中、本件各富裕税課税の際における本件土地賃借権、及び前記建物の時価算出方法及びその評価額が原告主張の通りであること、右建物が富裕税の課税対象とされそれを含めて郷五郎が富裕税を負担していることは認めるが、その余の事実は知らない。原告の見解は争う。

四、被告の主張

(一) 借地権の存否について、

原告は本件土地の借地権は昭和二十四年八月末日に消滅したと主張する。もしそうとすれば、郷五郎はこの地上に建物を所有する権利をも失うことになる筈である。ところが、郷五郎と三越の間には昭和二十四年八月末日付で本件建物の賃貸借契約が締結されており、又同日、三越は郷五郎、及び、訴外銀座館株式会社に対し金四千万円を貸与し、郷五郎と銀座館はその担保として各その所有にかかる三越銀座支店の建物(この内原告所有部分が本件建物)と、その敷地の借地権とに牴当権を設定する旨の契約をなしている。このことは、郷五郎と三越間の本件土地の賃貸借契約が存続することを前提としているものであり原告の本件土地の借地権が消滅したとの主張が誤つていることを裏書するものである。

(二) 借地権評価の適法性について

(1) 原告は、本件借地権の価額は、既にその借地上の建物の評価額中に含まれているにかかわらず、これと別個に評価して課税することは二重の課税となり違法であることを主張する。

しかしながら、富裕税法上、家屋の時価の算定は、当該家屋の賃貸価格を基礎として、これに一定の倍数を乗じて得られた額を時価と認定しているが、この賃貸価格には、当該家屋の敷地に関する借地権の価格等は全く含まれていない。

旧家屋台帳法(昭和二十二年法律第三十一号)第六条によれば家屋の賃貸価格とは「貸主が公課、修繕費その他家屋の維持に必要な経費を負担する条件でこれを賃貸する場合において、貸主の収得すべき一年分の金額により、これを定める」ものとされているのであつて、賃貸価格の算定に当つては、公租公課修繕費その他家屋の維持上必要な経費を合算し、これを当該家屋の一年分の賃料より控除した残額をもつて貸主の収得すべき一年分の金額として賃貸価格とされるものである。従つて、この際、当該家屋の敷地の借地料等が家屋の維持に必要な経費に当ることは明らかであるから、当然これを控除して家屋の賃貸価格が算出されるものであることはいうまでもない。

それ故に、賃貸価格の評定の実務においても、標準賃貸価格評定に際して、標準家屋の実例賃貸料から敷地の賃貸価格に相当する金額を控除した金額をもつて、標準賃貸価格とし、これを基準としてその一坪当金額を基礎として具体的賃貸価格を評定するものとされている。従つて、家屋の賃貸価格中には、借地権等の価格は全く包含されず、富裕税法上の家屋の評価額中にもこれを含んでいないことは明らかである。

(2) 富裕税法上、課税時期における財産の価格は、その時における時価による旨規定されているが、評価の具体的方法については、特に定められたものを除き、何等規定するところはない。ここに時価というのは、通常公正な市場価格、即ち、その財産の使用収益ないし交換時における客観的価格と解すべきであるから、税務官庁としては、これが時価の算定に当つては、評価の対象である財産については、その同種財産の一般取引の売買実例、類似地域における価格等をしんしやくしたうえで、合理的に判断し、客観的相当の価格を算定し、これを時価として評価すれば足りるものである。

本件において、係争借地権の評価方法は、原告の主張する如く、賃貸価格を基礎とし、それに一定の倍数を乗じて算出したものであるが、これが評価倍数の決定に当つては、各年毎に国税局において管下の各税務署から各種財産(借地権を含めて)の売買取引の実例を徴したうえ、これを財産別にそれぞれ取引関係に精通したものの意見を聞き、かつ、各税務署間の地域差等を考慮してその権衡を図る等慎重な検討を加えて各財産の評価額を算定するのであつて、借地権についてもこれと同様の方法によつて賃貸価格に対する評価倍数を決定し、この評価倍数を評価基準として運用されるのを原則としており、本件についてもこの方法によつて得られた評価倍数によつて評価したものを時価と認定したものである。そうして、右のようにして算定された評価額は、一般の市場取引における実例より低いのが通例であるから、本件借地権の評価は、客観的相当な価格であるか、またはそれよりも低額であるから、本件評価は相当であり違法でない。

又、本件借地権については、郷五郎はその地上の建物所有権を十分の二程度しか有していない故、借地権の評価もそれに応じて減少されるべきものであると原告は主張するが、このような事情は、建物の評価についてはしんしやくすべき事柄であつても借地権の評価には関係のないものである。

(3) 又、本件土地、建物の賃貸価格そのものは相当なものである。

(三) 仮に郷五郎が本件借地権を有していなかつたとしても、本件土地上に郷五郎の所有していた建物の時価は、鑑定人米田敬一の鑑定の結果によれば、本件各係争年度末において被戦災現況のままで

昭和二十五年末 金三七、一八六、八五〇円

同二十六年末  金四六、七三四、八二五円

同二十七年末  金四六、二三二、〇〇三円

であり、右建物の価格のみですでに更正処分にかかる課税価格を超えることは明らかであるから、被告のなした本件各処分は違法でない。

富裕税は納税義務者が課税時期において有する財産全部について、その財産を原則として時価で評価し、その評価した価格の総額を課税価格として課すべきものであつて、その有する個々の財産に対して課せられるべきものでない。従つて、一部の財産の帰属についての認定を誤り、その財産を存在するものとして課税しても、他の財産の評価が低廉に過ぎたような場合には、これを正当な評価額に引直し、その結果真に有する財産の総額が課税処分の際の課税価格と等しく、或は課税価格を超過するような場合においては、当該課税処分は維持せられるべきものである。被告としては、過去になされた本件各更正処分は、その決定にかかる課税価格が法令に従い又はその範囲内で決定されているかどうかを主張立証すれば足りるのであり、その個々の財産に対する評価の方法が問題になるわけでなく、本件において課税対象の一つである建物の価額についてさきに算出された賃貸価格に一定の倍数を乗じて得だ額が少額で、のちに算出された鑑定の結果の額が多額であつても、前述のとおりの課税価格の当否が問題であつて右評価についての主張がいわゆる自白の撤回の問題を生ずる余地もなく、(財産の存否そのものは自白の対象たりうる事実であろうがその財産の評価は少くとも本件では自白の対象たりうる事実と称し得ない)又、右鑑定の結果の援用は、当該鑑定申請はすでに準備手続の段階でなしているのであるから、原告が主張するような、時機におくれた攻撃防禦の方法であるということはできない。

第三、被告の右主張に対する原告の主張

(一) 被告の借地権の存否についてと題して主張する事実中、その主張の日付にて郷五郎と三越間に本件建物の賃貸借契約が為さたたこと、及び郷五郎と訴外銀座館株式会社が三越より金四千万円を借受け、その金円消費貸借及抵当権設定契約書中に本件借地権を担保に供する旨の記載のあることは認める。

しかしながら、建物賃貸借契約が為されているからとて直に建物賃貸人がその建物敷地に借地権を有することとはならない。

右金円消費貸借が為された時は未だ本件地上に借地権が存していたものであり、特に右金円貸借の交渉は、成立の日より数ケ月前より行われ(夫は主として金額、並に、支払方法に付てであり、担保物件に付ては余り注意は払われなかつた。)且右契約書の原本は早くより三越において作成準備されていたものを、右契約成立の日たる昭和二十四年八月三十日郷五郎も署名捺印したもので、郷五郎は右契約書中担保物件として本件借地権が記載されていることには別段意に介せず、特にこれが削除を求めるべき利益もなく、一方、三越としても、将来借地権が消滅すべきことを予知し乍らも、特に慎重を期する法人代表者の入念さから、右借地権担保の記載文言を削除しなかつたに過ぎないものであつて、右契約書に本件借地権を担保に供する旨の記載があるが故に、本件借地権は存続するものであるという被告の主張は理由ないものである。

(二) 被告の仮定的主張に対しては、左の通り主張する。

(1) 被告の右主張は、準備手続を経た本件において、証拠調べが終了した後に主張せられた全く新しい主張である。本件においては、原告は本件借地権不存在のみを理由として課税処分のかしを主張し、その余の点については争わなかつたもので、被告も右借地権の存在を主張して課税処分の適法性を主張して争つておりその余の点については当事者間に争いのなかつたものであつても、もし、被告の右仮定的主張が許されるとするならば原告は、被告主張の建物の価格に対するのみでなく本件借地権以外の財産の価額についても新に主張立証する必要があり、これは訴訟の完結を著しく遅延させることとなる。よつて、被告の右仮定的主張は、時機に遅れた攻撃方法であり却下されるべきものである。

(2) 前記の如く、原告は、被告の本件各更正決定が郷五郎の有していなかつた借地権を、これが存在するものとしてなされた違法を争つて来たものであり、もし、右借地権が存在しなかつたならば、それのみで本件各処分は違法というべきであり、被告主張のように課税価格の当不当のみによつて本件各処分の適法、違法を決するものでない。

(3) 富裕税における不動産価格の評価は、個々の物件について個人の評価した鑑定価格を以て認定されるものでなく、当該物件所在地の近隣の不動産の取引価格、賃貸価格その他を勘案して客観的妥当性ある価格を算出認定され、その方法は物件の賃貸価格に一定倍数を乗じて算出するものであることは前記の通り(この点被告も認めている)であつて、かくして算出される価格は通常一般取引価格より相当低額であることも、公知の事実というべきである。そうして、右方法による評価は、納税義務者の負担の公平均等を確保する結果となるわけである。しかるに、被告が主張する鑑定人米田敬一の鑑定の結果によると、本件建物の価格は、前記の方法により算出したものより一・七ないし一・八倍という高額なものであり、かかる高額な課税価格により原告に対し課税することは、租税負担の公平の原則に反し、違法なものである。しかも更正決定により課税価格の訂正を経ることなく、訴訟上においてこれを主張することは許されないものである。

(4) 右被告主張の本件建物の価格は不当であり、かつ、郷五郎は当時本件建物に対する実際上の所有権はその価格の二割程度に当る分しか有していなかつたものである(その間の事情は前記請求原因第五項の(三)に記載の通り)。

(証拠関係省略)

(別表省略)

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